AIの話で、便利になったとか失敗したとかは何回か書いてきたんですけど、今日はもっとしょうもない話です。しょうもないのに、たぶん使ってる人には伝わるやつ。
AIに頼んで、ちゃんと作ってもらったものを、結局使わずにボツにする時の、あの気持ちの話です。
作ってもらった。試した。使わんかった。
たとえば、ある作業の段取りを組んでもらったことがありました。私が要望を伝えて、AIが手順をきれいに整理してくれて、補足まで付けてくれて。ちゃんとしたものが出てきたんです。
で、その段取り通りに途中までやってみて、気づきました。あれ、これ、普通に自分でやった方が早いし合ってるわ、って。
作ってもらった。試した。使わんかった。終わり。
別の時は、調べ物からお願いして、それを元にあれこれ組み立ててもらったのに、出来上がりを眺めて「……あかんやん」って、丸ごと引っ込めたこともあります。AIは何も悪くないんです。私の頼み方の問題やったり、やってみて初めて分かることやったり。
「ありがとう」と「すまん」が同時に出る
その時に出てくる感情が、微妙なんです。
ちゃんと作ってくれたことへの「ありがとー」と、それを使わへんことへの「すまんw」が、同時に出る。感謝してるのに、後ろめたい。後ろめたいのに、ボツにする判断は変えへん。この居心地の悪さ、なんなんでしょうね。

労力かけさせといて使わんの、人間相手やったら相当あかんやつやもんな。
相手が人間の同僚やったら、頼む前にもうちょっと考えます。作ってもらってからボツにするのは、申し訳なさが先に立ってなかなかできない。でもAIには、気軽に頼んで、気軽にボツにしてる。その気軽さに、時々ふっと罪悪感みたいなものが混ざるんです。
AIは、たぶん何も気にしてない
いちおう書いておくと、ボツにしたあともAIの返事はいつも通りです。むしろ「わかりました、では別の案を」と切り替えが早い。引きずってるのは私だけ。
だから、この「すまん」は、相手のための感情というより、私の側の反射なんだと思います。労力の形をしたものを目の前にすると、作り手が誰であれ、無駄にすることに抵抗が出る。人間相手用の回路が、そのまま動いてる感じ。
ボツにできるのは、たぶんいいこと
ただ、最近はこうも思っています。
気軽にボツにできるからこそ、気軽に試せてるんですよね。人間相手なら頼まなかったことを頼んで、やってみて、違ったら引っ込める。この「違ったら引っ込める」が罪悪感なしでできるのは、本当は結構すごいことなのかもしれません。
ちなみに「自分でやった方が早かった」という話自体は、前にも書いたことがあります。今回のは、その時に心の中で起きてることの話でした。
結論は、出ません。ボツにするたびに「ありがとー」と「すまんw」は今も両方出ます。割り切れた気もするし、割り切れてない気もします。

で、今日もまた何か作ってもらってる。懲りてへんな私。
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