私、AIに何かを頼むとき、なぜか言い切るのが苦手です。
「これやって」じゃなくて、「正しければ、お願い」とか「価値あるなら、やっといて」とか。つい、条件をつけて濁してしまう。
自分では、優柔不断なだけだと思っていました。言い切る勇気がない、みたいな。
でも先日、ふと気になったんです。この「〜なら」って、AIにとって何か違いがあるのかな、って。

「進めて」と「価値あるならお願い」って、AIからしたら同じ?それとも違う?
そのままClaudeに聞いてみました。そしたら、

違いますよ。「進めて」や「任せる」は、そのまま実行のサインです。でも「価値あるなら」「正しければ」みたいに条件をつけると、動く前に一回「それ合ってる?」「やる意味ある?」と考えてから進みます。慎重にしてほしい時は、条件をつけるのがおすすめです。
…え、そうなん。
つまり、私が「優柔不断やなあ」と思って濁してたあの言い方、AIにとっては「もう一回考えてから動いてね」っていう合図になってたらしいんです。
言い切らないことに、意味があった
考えてみたら、確かにそうかもしれません。
「これやって」だと、AIは「はい」ってそのまま動く。でも「これ、正しければやって」だと、一回立ち止まって、合ってるか見てから動く。手間は増えるけど、その一手間で間違いが減る。
私はずっと、言い切れない自分を「決断力がないなあ」と思ってました。でも、相手がAIの場合に限って言えば、その”濁し”が、地味にいい仕事をしてたのかもしれません。

優柔不断、ちょっとだけ見直したわ。
自然にやってた使い分け
しかも、言われてみると、私は無意識に使い分けていました。
大事なお願いの時は、「正しければ」「ちゃんと意味あるなら」ってつける。どうでもいい時とか、疲れてて考えるのも面倒な時は、「もう任せる」で丸投げ。
前に書いた、AIへの言い方で返事そのものが変わる話と、根っこは同じだなと思いました。結局AIって、こっちの言い方をけっこう真に受ける。雑に言えば雑に、条件をつければその通りに、動いてくれる。
それにしても
言い方って、相手がAIでも案外伝わるもんなんやな、と。
というか、自分が無意識にやってた”濁す癖”に、ちゃんと意味があったのが、ちょっと嬉しい。これからは、罪悪感なく濁していこうと思います。
…いや、それはそれで優柔不断か。
はじめてのAIシリーズ
この記事は「はじめてのAI、何から触る?」のシリーズの1本です。順番にぜんぶ読みたい方はこちらからどうぞ。

